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zoom RSS 太宰治 疎開の家

<<   作成日時 : 2016/01/10 18:21   >>

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太宰治が旧金木町に疎開していた時の家が、現在も保存されています。昭和20年7月から21年11月まで疎開していました。津軽鉄道 金木駅から中心街(西方)へ向って徒歩5分のところにあります。大正11年に建てられた木造住宅です。

太宰治の生家(現斜陽館)の離れ(新座敷)として、長兄文治の結婚を機に造られたものです。今は記念館ですので、入館料500円となっています。
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上の写真は正面玄関ですが、入館受付けは裏口に当たります。裏口と言っても駅通りのメーンストリートに面しています。

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廊下の突き当りが玄関です。左が十畳間の座敷です。その奥が太宰が書斎にした六畳間です。

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この十畳間で、太宰が病床の母と対面したと小説「故郷」に書かれています。奥の間にテーブルと座布団が見えますが、太宰はここに座って小説を書いていたんですね。

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私もその座布団に座ってみました。ここで書かれた小説は「パンドラの匣」「冬の花火」「春の枯葉」「トカトントン」など23作だそうです。

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                   居間

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                   洋間

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洋間に飾られている最近見つかった写真です。撮った場所がこの洋間で、左から太宰(16歳時)、三兄圭治、弟礼治、そして二人の姪です。

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                   西側には庭もありました。

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         説明不要の生家の母屋(現 斜陽館)です。観光客には斜陽館だけでなく「太宰治 疎開の家」にも訪れることを薦めたいですね。

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         人の姿の無い雪の芦野公園に「太宰治の像」が寂しそうに立っていまいた。

私は旧金木町生まれで、実家は旧津島家(屋号でヤマゲンと呼んでいた)から600mほどのところにありました。中学校卒業まで金木にいまいたが、「太宰治にあったことがある」が自慢です。歳がバレタかな(笑)。

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