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zoom RSS 城が動いた

<<   作成日時 : 2015/10/20 21:28   >>

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正確には「天守が動かされた」です。弘前城の石垣が膨らんでいて、地震などで崩落のおそれがあるというので修理することになりました。修理期間は10年間となる大工事です。

城の天守を移動して工事するなんて、そう滅多にあるものではないでしょう。マスコミも大きく取り上げ、弘前公園の観光客も増加しています。江戸時代から現存している天守は12しかなく、弘前城はそのうちの一つです。ただ、最初の天守は落雷で焼失していて、現在の天守は文化8年(1811年)九代藩主寧親(やすちか)が再建したものです。
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      これは8月に撮った写真です。大きな重機と右下に埋められた堀が見えます。
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              石垣が膨らんでいるのがハッキリわかります。

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                  天守が少し浮き上がったところです。

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                  天守が消えました!天守がこの場所に戻ってくるのは10年後です


現在はここにあります。曳屋(ひきや)工事で、10月17日に仮の天守台の水平移動が完了しました。9月3日から始まった曳屋で77.62mの移動です。
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      天守移動の図です。明治30年にも移動(青色)していて、今回は二度目(赤色)とのこと。

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                  天守のあった天守台です。(➔ で示したところ) 

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                     たくさんの観光客が訪れています。

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                         膨らんだ石垣の真上の様子です。

             重機の右が天守があった場所です。中央に赤色の下乗橋が見えます。
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                  下は上の写真と同じ場所から2月に撮った夜景です。
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弘前藩初代の城主「津軽為信」像です。戦前は本丸の中央に建っていました。戦時中の鉄など資材不足の犠牲になりました。現在の像は11年前に作られましたが、本丸に建てることに文科省の許可が下りず、仕方なく隣接の公民館の庭に建てられています。最初の天守が完成したのは為信の死後、慶長16年(1611年)二代藩主信枚(のぶひら)の時でした。

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